#13の理由 を見た。本当に心が痛い

いさぎよい人間でありたい

「いさぎよい人間でありたい」

いつもこう思っている。「いさぎよい人間」って何?

私にとっては「イイ男」であること。女であっても、男であっても、「イイ男」であること。

外見じゃないよ。私にとって「イイ男」とは、自分の足でしっかり自分の道を歩いていて、それが纏っているオーラの様に滲み出ている人のこと。それでいて、人を避けるのではなく、人を惹きつける大きさのある、そんな人のこと。

逆に言えば、「女々しい」人では無い人。私にとって「女々しい人」とは、後ろ向きな人。前向きに世の中を考えられない、人を認められない人。

日本語ではとかく男=善、女=弱、みたいな表現が多いので、こういう言葉で表すのがなぜかしっくり来るけれど。男だって女々しい人もいるし、女だって「イイ男」な人もいる。単なる表現ツールとして使っている。

だから、「イイ男」でありたいと思っている。

私の友達にも「イイ男」な女、沢山いる。みんな自分の道を一生懸命歩いている。そういう友達を持てて幸せだなあ、私が男なら惚れてるぞ!だから、付き合っててとっても気持ちいい。

自分もそう思ってもらえる存在になりたい。でも、まだまだ「イイ男」には程遠い。女々しい部分が沢山ある。日々反省。

ちなみに私の理想の「イイ男」は池波正太郎の小説の中にいる。長谷川平蔵と秋山小兵衛。現実にいたら、即惚れるなぁ。そういう渋い大人になりたいと思う毎日。




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